円空は、寛永9年(1632)美濃国(現在の岐阜県)で生まれ、その後東北地方を訪れて『津軽藩御国日記』の記録や広尾町・伊達市・寿都町の円空仏に記される「寛文六年」の年号などから寛文6年(1666)の35歳の時、北海道に渡って仏像を残したとされています。
北海道の円空仏は、観音坐像を中心に40数体が確認され、慈悲に満ちあふれ微笑みをたたえるその表情から人々の心を和ませ信仰に導いたといわれています。
上ノ国町では、6体の円空仏が上ノ国観音堂、木ノ子光明寺、北村地蔵庵、石崎八幡神社、旧笹浪家住宅で大切に祀られ、今でも篤い信仰を集めています。
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電話0139-55-2230/FAX0139-55-1044
円空作十一面観音立像 (道指定有形文化財)
北海道では唯一の十一面観音立像で、立像は八雲町根崎神社の円空仏とこの2体が現存するのみです。また、この立像は高さ146.6㎝で道内で最も大きいものです。
当初、この円空仏は山神社に祀られていましたが明治4年の神仏分離の時に棄却の運命に遭い、地元の住人が隠して難を逃れたと伝えられています。後日、再び同神社に安置されましたが、上ノ國八幡宮に山神社が合祀された昭和初期に観音堂が建立されそちらへ移されました。
円空作観音菩薩坐像(町指定有形文化財)
首のない観音菩薩坐像です。
言い伝えによれば、昔子供たちが遊んでいるうちに首が取れてしまい、そのまま紛失してしまったということです。
上記の十一面観音立像とともに、観音堂に安置されています。
<全長>39.5㎝
円空作観音菩薩坐像(町指定有形文化財) 北村地蔵庵
この観音菩薩坐像は、以前、洲崎館内に所在する砂館神社内の一堂に安置されていました。明治4年の神仏分離の際には、棄却の難を逃れるため、地元住民にかくまわれて後日現在地に移された円空仏です。
<全長>74.7㎝
観音菩薩坐像(町指定有形文化財) 石崎八幡宮
以前は、石崎八幡神社境内の観音堂に安置されていたものです。
明治4年の神仏分離の際には、仏像に烏帽子(えぼし)・直垂(ひたたれ)をつけて棄却の難を逃れ、今日に至ったとされています(原則非公開)。
<全長>47.7㎝
観音菩薩坐像(町指定有形文化財) 光明寺
以前は、光明寺に隣接する稲荷社にあったもので、松前藩の歴史書『福山秘府』に「稲荷社 寛文 五年造立 神体円空作」と記されています。
明治4年の神仏分離の際、棄却の運命にあったものを村人が事なきを得て以後現在地に安置されています。
<全長>48.7㎝
阿弥陀如来像(町指定有形文化財) 旧笹浪家住宅
北海道では、唯一の阿弥陀如来像です。明治初期、久遠から奥尻島へ磯舟で帰る途中、漂流していたところを拾い上げたと伝えられています。現在は、重要文化財旧笹浪家住宅で公開されています。
<全長>39.5㎝